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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)6928号 判決

原告 関西エヌ・ティ・ティ・データ通信システムズ株式会社

右代表者代表取締役 中井昭夫

右訴訟代理人弁護士 門脇正彦

被告 国

右代表者法務大臣 臼井日出男

右指定代理人 黒田純江

同 北佳子

同 杉田隆夫

同 安川雅祥

同 小柳津享

同 米田郁夫

同 西尾義美

同 市原松司

同 野元泰成

同 鈴木真紀

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  主位的

被告は、原告に対し、一六六四万九八五〇円及びこれに対する平成一〇年二月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  予備的

被告は、原告に対し、一六六四万九八五〇円及びこれに対する平成九年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、国立奈良工業高等専門学校(以下「奈良高専」という。)の会計課用度係員である樽本博幸(以下「樽本」という。)に対し奈良高専の備品としてパソコン五五台を売ったことに関し、被告に対し、主位的に売買契約に基づき、残代金及びこれに対する最終支払期日の翌日である平成一〇年二月一九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に樽本の不法行為についての使用者責任に基づき、残代金相当額及びこれに対する不法行為の日の後の日である平成九年一二月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

二  争いがない事実等

1  原告は、コンピューターの機器及びソフトの販売を業とする会社である。樽本は、平成九年一二月四日当時、文部事務官であり奈良高専会計課用度係員の職にあった。

2  原告は、樽本に対し、平成九年一二月四日、別紙一覧表記載のとおり、ノートブック型パソコン五五台(以下「本件商品」という。)を代金合計二三三六万〇四〇〇円で売った(以下「本件各売買契約」という。)(甲五の1及び2)。

3  原告は、日本電気株式会社に手配をして本件商品を奈良高専あてに送付し、同年一二月八日奈良高専の倉庫(以下「本件倉庫」という。)に納入させた(甲六の1及び2、二五)。

4  原告に対し、平成一〇年四月一四日までに本件各売買契約の代金として六七一万〇五五〇円が支払われた(甲一〇の1ないし5)。

三  争点

1  主位的請求(売買契約)

(一) 有権代理の成否

(原告の主張)

被告は、本件各売買契約に先立ち、樽本に本件各売買契約に関する代理権を与えた。

(二) 民法一一〇条の表見代理の成否

(原告の主張)

(1)  被告は、樽本に対し、物品購入に関する代理権を授与していた。

(2)  原告は、樽本が本件各売買契約に関する代理権を有していると信じた。

(3)  (2) についての正当理由

ア 本件商品は奈良高専の教員や職員にとって、職業上必需品と考えられ、その購入は、奈良高専の用度係の任務であり権限内の行為であると外観的には認められる。

イ 樽本は、以前、大阪大学付属病院(以下「阪大病院」という。)の用度係として同病院のために一人で川本産業株式会社(以下「川本産業」という。)と物品購入契約を締結し納品していた。

ウ 原告社員である岡田圭吾(以下「岡田」という。)は、川本産業の社員である高田雅弘(以下「高田」という。)から、国の会計課用度係員の権限は大きいこと、樽本は阪大病院においてその権限を行使していたこと、阪大病院と同じく国が管理する奈良高専においても樽本は同じような権限を有していることを説明されて樽本を紹介され、岡田は、高田の右説明を信じた。

エ 高田は、原告に対し、二〇〇万円以下であれば、随意契約を締結することができると説明した。

オ 原告と樽本が本件各売買契約をした場所は奈良高専の会計課の部屋であり、周りには会計課の人間もいた。

カ 原告は、口座登録に関する条項を挿入した注文書を作成して樽本に交付し、その翌日、公印とゴム印が押印された注文書を会計課からファックスで受け取った。

キ 樽本は、岡田に対し、自分は年間八億円から九億円を契約しており、本件各売買契約はその一部であり、一般競争入札では間に合わないときは、随意契約の形式で契約することがあると説明した。

ク 国と業者との取引では、見積書、注文書、納品書、請求書などの各種伝票を一伝票当たり二〇〇万円ないし一六〇万円以下に分割して処理する指導をしている。

ケ 原告は、株式会社エヌ・ティ・ティ・データの民間企業を相手にする事業部である産業システム事業部の子会社であり、以前に国との間で取引をしたことはないし、年間数百万円の利益しかあげられない企業であるし、原告の役員は、技術者であり、国との取引は全くない。

コ 本件倉庫は、会計課の建物のすぐそばにあり、会計課の物品が置かれており、本件商品は、樽本の指示により使う場所ごとに分類して置かれた。

2  予備的請求(使用者責任)

(一) 事業執行性の有無

(原告の主張)

奈良高専では、物品購入権限のある用度係長は二、三年で異動するから、実際上は、部門ごとの担当者である用度係員が、発注権限を一手に握っており、樽本は、奈良高専の物品購入につき事実上権限を有し、かつ、行使しているから、本件各売買契約は被告の事業の執行につきされたものである。

(被告の主張)

樽本は、専ら担当物品の販売業者への見積依頼、予定価格、競争入札伺案、契約伺案作成の作成準備のための下交渉が職務であった。

国が売買契約を締結する場合は、原則として契約書の作成が必要であり(会計法二九条の八第一項)、価額が一六〇万円を超える場合は、原則として、一般競争入札又は指名競争入札が必要であるし(同法二九条の三第一項)、物品の購入権限は、随意契約によらない場合は会計課長に、随意契約による場合であっても用度係長にあった(予算執行職員等の責任に関する法律第二条一項一二号、文部省会計事務取扱規程四三条、奈良工業専門学校における予算執行委員の補助者の官職及び事務の範囲を定める規則)。

また、パソコンの購入については、他の係員の担当となっていた(平成九年度用度係事務分担表)。

(二) 重過失の有無

(被告の主張)

原告には、次のとおり、重過失がある。

(1)  原告は、日本電信電話公社であったエヌ・ティ・ティの関連会社である。

(2)  本件各売買契約は、平成一〇年二月一二日の契約(別紙一覧表の番号9)を除き、いずれも一六〇万円を超える購入価格になっており、総額二三〇〇万円以上の高額の取引である。

(3)  樽本は、二〇〇〇万円以上の物品の購入には入札が必要であるが、税込価額二〇〇万円以下に分割した随意契約の形態を取ることで入札手続を免れることができると説明していたが、これは脱法行為であり、原告もそのことを認識していた。

(4)  本件各売買契約ほど高額の取引であれば、通常は、少なくとも上司などの紹介を受けた後、契約内容の確認等の細部を詰める作業に至って係員が担当している。

(5)  原告は、平成九年一二月一日、発注書をファックスにより受け取っているが、これは手書きの書面にすぎない。

(6)  岡田らが樽本と面談したのは、たったの一回である。

(7)  原告が、平成九年一二月四日に受領した注文書(同月一日付け及び同月三日付けの二通)には、注文者の責任者として会計課用度係樽本として係員にすぎない樽本を記載している。

(8)  原告は、契約書を一切作成しないまま、右注文書のみに基づいて取引した。

(9)  原告が、体裁を整えるためであるとの樽本の説明に基づいて受領した本件各売買契約ごとの注文書一三通でも、注文者の責任者としては会計課用度係樽本との記載にすぎず、かつ、樽本個人の印が押印されているにすぎない。

(10) 原告は、樽本の説明により、奈良高専がインストールセットアップと保守サポートを行う業者と既に契約を交わしていることを認識していたが、樽本の指示により、本件商品を校舎内ではなく、灯油等のポリ容器が置かれているゴミ置場ないし資材置場であった本件倉庫に納入した。

(三) 過失相殺

(被告の主張)

右(二)の事実に照らせば、原告には過失があるから、その損害賠償の額は過失相殺されるべきである。

第三争点に対する判断

一  本件について、争いがない事実及び証拠(甲一ないし四、五、六の各1、2、七ないし九の各1ないし13、一〇の1ないし5、一一、一三、一四の1ないし・、一五ないし一九、二〇の1、2、二一、二二、二四、二五、乙四の1、2、証人岡田圭吾)により認められる事実は、次のとおりである。

1  国が、売買契約を締結する場合は、原則として契約書を作成し(会計法二九条の八第一項)、かつ、支出負担行為担当官は公告して申込みをさせることによって競争に付さなければならない(一般競争入札)(同法二九条の三第一項)。

随意契約(競争の方法によることなく、契約担当者が資力、信用などのある者を選定して、その者と直接に協議を行って契約を締結する方式)を行うことができるのは、原則として購入予定価格が一六〇万円を超えない場合に限られる(同法二九条の三第五項、予算決算及び会計令(以下「予決令」という。)九九条三号)。

一般競争入札に参加するためには入札に適する業者としてあらかじめ名簿に登録された者でなければ参加できないから、国と取引のなかった業者との間で国がいきなり高額の売買を行うことはない。

2  奈良高専では、年間約二億円の予算が組まれ、物品の購入等がされており、その支出負担行為は、会計法、予決令に従い、担当者の不正を防止するために、一般競争入札及び随意契約の詳細については、「奈良工業高等専門学校支出負担行為及び契約事務取扱内規」(以下「内規」という。)に従って行っている。

右内規一〇条には契約までに必要な添付資料が規定されており、予定価格が五〇万円を超えないものは、なるべく二人以上から見積書を徴取することとし、予定価格が五〇万円を超えるものはなるべく三人以上から徴取することとし、予定価格が一〇〇万円以上の契約については、見積書別の総額を記入した見積一覧表を添付し、予定価格調書及び予定価格算出内訳書、予定価格積算資料、検査調書、契約書、請書、図面、仕様書等を添付することとされている。

3  奈良高専では、支出負担行為担当官は事務部長であり(文部省会計事務取扱規程六条別表2)、予定価格が一〇〇〇万円を超える物品調達契約をする場合には、物品供用官(物品を実際に使用する者)から会計課長へ提出される物品請求及び命令書を受けて、校長が委嘱する仕様策定委員会が設置され、仕様策定を行う(予決令八〇条、奈良工業高等専門学校における大型設備の調達に係る仕様書策定等に関する取扱要領三条)。

担当職員は、仕様策定委員会の仕様策定報告書による仕様によって、予定価格調書及び契約伺案等を作成し(奈良高専事務組織規定四条六、奈良高専における規則二条別表第1、奈良工業高等専門学校二条、以下「奈良高専における内規」という。)、支出負担行為担当官は、入札期日の前日から起算して少なくとも一〇日前に官報等により予決令七五条による事項を公告し、申込みをさせることにより競争に付することとし、右公告は、奈良高専校内での掲示により行うとともに、入札説明会を開催し、用度係長から仕様書、入札方法、契約方法等について説明している。

4  奈良高専では、事務部を置き、その事務部には、庶務課、会計課及び学生課が設置され、会計課には、総務係、用度係、出納係及び施設係が設置されており、用度係の主な業務は、物品の購入や清掃、警備や草刈りなどを業者と契約して行うことであり、会計課長及び用度係長が予定価格に応じて支出負担行為担当官である事務部長の補助者とされている(文部省会計事務取扱規程に基づいて策定された奈良工業高等専門学校における予算執行職員の補助者の官職及び事務の範囲を定める規則)。

5  用度係長は、支出負担行為に関し、購入予定価格が一六〇万円を超えない物品に係る予定価格調書案の作成、業者の選定、検査及び検査調書の作成、予決令九九条に規定する金額を超える物品に係る業者選定案の作成、市場価格調査及び予定価格算出内訳書の作成、見積書の徴取、支出負担行為書案及び関係書類の作成、発注の連絡、請書の徴取等を担当する権限を有していた。

6  奈良高専では、物品の購入は、各課の担当者が、必要となった都度請求するので、発注する数量が少なく、しかも、早急に必要であることが多いので、随意契約によることが多かった。

奈良高専では、各科教官等は、一枚目が物品請求をした科の教官等の控え、二枚目が業者への発注書、三枚目が用度係の物品管理簿、四枚目が物品を実際に使用管理する科等の供用簿となった「物品請求及び命令書、管理簿(乙)」を作成し、二枚目以降を、用度係に送付することになっていた。用度係では、物品請求を受け、消耗品以外の備品について整理番号を付して管理し、用度係員が、出納係の末席に設置されていたコンピューターに入力していた。

7  用度係員は、内規に定められた様式に従って契約書類を作成し、予定価格が五〇万円以上一〇〇万円以内の場合は、予定価格算出内訳書だけで契約し、一〇〇万円を超える場合は、契約の相手方や金額等が記載された見積書、請書(案)等を添付して契約伺をたてることとなっており、用度係長の決裁を経た上で、会計課総務係長、会計課長、事務部長の決裁を得ることとなり、契約伺の決裁がされれば、契約業者が、奈良高専の支出負担行為担当官である事務部長あてに納入期限や納入場所が記載された請書を作成し、これが発注書に代わるものとなる。

8  奈良高専では、購入した物品が納入されると、その後一週間前後で請求書が届いてから、支出負担行為書を作成した。

随意契約分については、各係員が書類等を管理し、検収を自ら行い、その報告を聞いて用度係長が検査調書を作成し、納品されて検収が完了した後に正規の請求書を受理し、その日から三〇日以内に支払を実行し、出納課が日銀発行の小切手を振り出し、代理店である南都銀行本店へ小切手を持ち込み、振込通知により落札業者に支払うことになっていた。

9  樽本は、平成九年四月一日、阪大病院から奈良高専に異動した。

本件各売買契約当時、奈良高専の物品購入契約事務の大半は、支出負担行為担当官の補助者の指定を受けている事務官会計課用度係長阪井正、文部事務官会計課用度係主任前田弘人、樽本、文部事務官会計課用度係員前田喜輝の四名で処理されていた。

奈良高専の用度係では、従前は各人が扱う金額によって担当を定めていたが、阪井の提案により、阪井が諸謝金、会議費及び役務を、前田弘人がコンピューター関係、印刷関係及び物品管理を、樽本が理科学機器、文具、家電及び日用品を、前田喜輝が工具類、薬品、定期刊行物及び通信費等を担当するというように、それぞれが担当業種を受け持つこととし、阪井は、諸謝金や役務を受け持つかたわら、係員が作成した書類を最終的に決裁し、その後支出負担行為担当官への決裁の準備を行っていた。

10  樽本は、理化学機器、文具、日用品、運動具等の物品の購入に関する契約を担当し、役務に関しては、保健室で使用しているカバーやソファーのカバーの洗濯を依頼する業者との契約事務を担当しており、自らが担当する物品の購入に際し、業者から見積書を徴取し、一番安価な業者が提示した価額を予定価格に決定して契約業者とし、見積一覧表、定価証明書や予定価格算出内訳書を作成し、予定価格調書にこれらの書類を添付し、契約伺を起案し、予定価格調書を契約伺に添付し、阪井の決裁を受けていた。

11  奈良高専で使用されている公印は、学校印のほか、校長印、事務部長印、庶務課長印、会計課長印、学生課長印等が存在し、それぞれ使用簿が備え付けられ、使用月日、公印の名称、件名、件数、請求係、請求者氏名等を記載することとなっていた。

学校印は、一辺の長さが六センチメートルのものと三センチメートルのものの二種類があり、六センチメートルのものは卒業証書に使用され、三センチメートルのものは、主に学校名で交付する証明書等に使用され、使用する場合は、奈良工業高等専門学校公印規程に従い、管守責任者は庶務課長となっていたが、用度係が書類に必要なものに学校印を使用する場合には、庶務係に行って庶務係員に公印を使用すると告げて使用し、庶務係の担当者も公印使用の内容については特に確認していなかったし、公印使用簿の内容も特に確認していなかった。

12  用度係が学校印を使用する場合として、業者が教育機関向けの価額と一般価額を提示し、購入する側が教育機関であることの証明をすれば通常の価格よりも安価に購入することができるときに申請書に学校印を押印する場合や、電気料金の請求書に押印する場合や、道路占有許可申請に際し、道路管理者に提出する道路占有許可申請書に押印する場合が挙げられる。

13  樽本は、平成九年四月以降、一辺の長さが三センチメートルで、奈良高専の庶務課庶務係の庶務係長の机上付近に保管されていた学校印を、本件各売買契約を含め一八回使用したが、そのうち一六件が不正な目的のために使用された。

用度係長の阪井は、遅くとも平成九年一一月末ころまでには、樽本が学校印を自己の個人的な取引のために不正に使用していたことに気づいていたが、サイドビジネスをしているだけであると軽く考えたため、樽本に対し口頭で注意をしただけでそれ以上の措置はとらずに放置した。

14  包帯、シーツ等の製造や医療機器の卸売業を営む川本産業は、原告の顧客であり、高田は、樽本が阪大病院に勤務していたときに、一件二〇万円ないし三〇万円で月五件ほど白衣その他の雑貨を取引していた。

15  樽本は、同月二八日、高田に対して電話をかけ、ノート型パソコンの購入につき、他の業者から見積りを取ったが値段が高く、自分が考えている予定価格にならないので、川本産業にノートパソコン五四台を定価の七割以下で、かつ、同年一二月八日までに納入してほしいと依頼した。

高田が、樽本に対し、納入を急ぐ理由を尋ねたところ、パソコンのネットワーク工事の方は契約もでき、工事の日取りも決まっているが肝心のパソコンの購入が遅れてしまった、競争入札にしたかったが間に合わないので、二〇〇万円に請求書を細切れにして随意契約にするという話であった。

16  高田は、相手方が国であり債権の回収は確実であるから、樽本から必要としているパソコンの内訳をファックスさせ、川本産業内の電算部の紹介を受けて、原告にパソコンを調達してもらうことを考えた。

17  高田は、川本産業の担当者である原告システム営業部システム営業課員である岡田に対し、最終納品先が奈良高専であること、納品物が教職員用パソコン五四台であること、奈良高専の担当者が樽本という名で、前職が阪大病院の用度係であり、高田との付合いが三年にわたること、用度係の権限が大きいことなどを説明し、見積金額と納期が厳しいことを話した。高田は、原告に川本産業に対する見積書を提出するよう依頼し、樽本に対し、商談に乗ることを伝えた。

18  岡田は、高田から、奈良高専から高田が入手した見積依頼書をファックスで送付してもらって機種を特定し、見積書を川本産業にファックスで送付し、高田は、岡田から提出された見積書を頼りに、上司に指示を求めたが、商談を断念するようにとの指示があった。

19  高田は、岡田に対し、川本産業が売主となることができなくなったことを伝えたところ、岡田は、原告が川本産業の代りに売主となり、川本産業が原告と被告との間の仲介をして契約成立時に仲介手数料を川本産業に支払うことを提案した。

岡田が、高田に対し、国との取引であることについて尋ねたところ、高田は、樽本と自分は長い付合いであり、樽本は年間数億円の発注権限を持っていること、相手方は国であるから、支払は確実であることを説明し、国との取引方法については逐次アドバイスすると言った。

20  高田は、同月一日、樽本に対し、原告が直接の売主となったことを伝え、岡田に連絡して原告に直接の売主となってほしいと述べ、川本産業は、値段の交渉から契約締結に至るまで、原告と樽本とを仲介し、原告は、川本産業に対し、契約が成立した後、取引金額の三パーセントに当たる仲介手数料を支払った。

21  岡田は、同日、高田の指示に基づいて機種、台数、金額等を記載した見積書を奈良高専あてにファックスで送付し、直ちに樽本に確認の電話をした。樽本は、岡田に対し、台数を一台追加するとし、今後の取引を円滑に進めるために原告を奈良高専の取引業者として口座登録すると言った。岡田が、注文書の書式について尋ねたところ、樽本は原告が使用する注文書で構わないと答えた。

22  岡田は、樽本から、本件商品に係る発注書を奈良高専会計課からのファックスで受領した。この発注書は学校印が押印してあるものの手書きの書面であり、発注者を「会計課用度係 担当樽本」と記載していた。

岡田は、原告は手書きの発注書では受注できないので、原告が使用する発注書に記入するよう樽本に依頼し、原告社員である中西二郎のスケジュールとの兼ね合いのため、同月三日午後六時に奈良高専で樽本と話し合うことを申し出て、樽本も了承した。

23  岡田、原告社員である中西二郎及び浜口由貴は、同日午後六時ころ、奈良高専を訪問し、会計課の部屋を探し出したところ、会計課の部屋にはまだ四、五人残って作業をしており、岡田らは、樽本の顔を知らなかったので、入り口付近にいた職員に原告の社名と樽本に面会したいことを告げると、樽本が、岡田らをカウンター脇にあるテーブルに通した。

24  岡田らは、樽本と名刺を交換して、原告の会社説明等を行い、見積書の原本を手渡し、注文条件の確認を行った。

樽本は、奈良高専の学校案内を岡田らに渡し、奈良高専が文部省の直轄機関であり、備品の購入権限は学校にあること、奈良高専内の各機関の役割がどのようなものであるかということ、年間の備品購入予算が相当高額であること、樽本には年間八億円の決裁権限があること、奈良高専は、他の業者に入札の形で商談を持ちかけたが、見積りが購入予定金額を大きく上回ったのでどこからも購入できなかったことを説明した。

岡田らが設置時期を尋ねたところ、樽本は、納期が同月八日に迫っていること、工事業者は既に手配済みであるので急いでおり、慌てて昔懇意にしていた高田に相談したこと、導入予定時期が遅れそうでこのままだと樽本の責任問題となること、国との取引には入札と随意契約の二種類があること、目的物の価額が二〇〇万円以下の場合随意契約となることなどを説明し、本件では入札の必要がなくなる少額備品に適用される随意契約という契約形態にしたいとし、契約金額を少額にするため、契約書を分割して処理してほしいと述べた。

25  岡田らは、入金期日に変更がなければ了承すると答え、原告所定の注文書に原告の口座番号を記入した注文書を提出してもらおうとしたが、樽本は、午後六時を過ぎてしまって学校長が不在であるため、翌日学校の公印を押した注文書をファックスで送信すると答えた。

岡田らは、樽本の話に納得し、用度係長とは話をしないままその場を立ち去った。

26  岡田は、樽本から、同月四日午前中、注文者の責任者として「会計課 用度係 樽本博幸」の名前が記載され、学校印が押印された注文書をファックスで受領し、その直後に、樽本に確認とお礼の電話をした。

27  岡田は、契約を少額に分割することにして随意契約の形態を選択したことなどを高田に伝え、問題がないか確認したところ、高田は、国との取引では大いにあり得ることであると述べたため、岡田は、日本電気株式会社に発注して納品も依頼した。

28  岡田は、納品物も大量であり、かつ、初めての取引でもあるから、納品を自分で確認することとし、納入予定日である同月八日の午前中、樽本に電話をかけて商品が納入されたことを確認し、同日午後三時ころ、自ら奈良高専を訪問し、納入した本件商品が校舎から離れた本件倉庫に納品されていることを確認した。

本件商品は、段ボールに入れられたまま数台ずつに分別されており、樽本は、各教室に運び込むための仮置きであると説明した。

岡田は、樽本から、各契約ごとに分割した同月一日付けの注文書と同月八日付けの検収書に、責任者として「会計課 用度係 樽本博幸」の名前が記載された箇所にそれぞれ樽本の個人印を押印してもらって受領し、同月一一日、請求書を奈良高専に送付した。

29  岡田は、入金予定日である平成一〇年一月末日を経過しても代金が入金されないため、同年二月二三日、樽本に対し、督促の電話をしたところ、手続が遅れたが同月末までには支払うとのことであった。

30  ところが、同月末にも入金がなかったので、岡田が、同年三月上旬、樽本に対し、督促の電話をかけたところ、年度末なので忙しくて処理できていないが、必ず三月末には入金すると答え、その後、原告に対し、同月三日に一八〇万五七九〇円、同月二〇日に一八〇万五七九〇円、同月三一日に一二三万一六〇〇円の支払があった。

31  岡田は、同月三一日、樽本に支払遅延の理由、支払予定日等を確認するため、奈良高専を訪問したところ、樽本は、会計課の部屋において、今回の契約が入札でなく随意契約で分割された請求書発行日がすべて同じ日となっているため上司からチェックが入り、支払処理が遅れているが、奈良高専の出納整理期間である同年四月一五日までには残金の支払が確定し、支払は、通常どおり国の支払の執行として同日から同月二〇日までに終了するなどと説明し、その後、同月一日に消費税分六万一五八〇円が、同月一四日に四回目の分割金三八〇万五七九〇円の支払があった。

32  ところが、また支払が途絶えたため、岡田が、樽本に督促の電話をかけたところ、樽本は、すぐに入金がある、国を信用しないのかなどと答えていた。

33  岡田が、同年六月二日、樽本に催促の電話をかけ、同月二〇日までには全ての残金を支払うとの上司又は学校長の印章の押印がある念書の提出を要請したところ、樽本は、個人印を押印した念書を同日に原告にファックスにより送付してくるとともに、同月八日までに公印もしくは係長印を押印した念書を作成し再度提出すると連絡した。

樽本が提出するはずの念書は、同月八日を経過しても提出されず、原告は本来返済が滞りなくされるはずの国の支払が遅れることに強い疑念を抱き、原告の油野課長及び中西社員は、同月一一日、奈良高専会計課において用度係長に会って話を聞いたところ、取引は樽本が個人的に行ったものであり、奈良高専と一切関係ないとの回答を受けた。

二  前項で認定した事実を前提にまず本件の主位的請求(売買契約)に関する争点について判断する。

1  争点(一)(有権代理の成否)について

前記認定のとおり、本件各売買契約は樽本が被告が無権限で締結したにすぎず、被告が樽本に対し本件各売買契約に関する代理権を与えたことを認めるに足りる証拠はない。

2  争点(二)(民法一一〇条の表見代理の成否)について

前記認定のとおり、本件各売買契約当時、樽本は、理化学機器、文具、日用品、運動具等の物品の購入の契約事務を担当し、役務に関しては、保健室で使用しているカバーやソファーのカバーの洗濯を依頼する業者との契約事務を担当していたが、その内容は、担当する物品の購入に際し、業者から見積書を徴取し、一番安価な業者が提示した価額を予定価格に決定して契約業者とし、見積一覧表、定価証明書や予定価格算出内訳書を作成し、予定価格調書にこれらの書類を添付し、契約伺を起案し、予定価格調書を契約伺に添付し、会計課用度係長阪井正の決裁を受けていたにすぎないものであり、樽本が契約事務を担当していたとしてもそれは事実上の行為であって、被告が樽本に対し何らかの対外的な代理権を授与していたことを認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、本件の主位的請求(売買契約)は理由がない。

三  一項で認定した事実を前提に本件の予備的請求(使用者責任)に関する争点について判断する。

1  争点(一)(事業執行性の有無)について

前記認定のとおり、用度係の主な任務の一つに物品の購入が定められていること、樽本の職務は、物品の購入や洗濯に関する契約事務を担当するだけで物品購入権限を有する用度係長阪井の決裁を受けるにすぎないものであり、樽本に購入権限はないが、物品購入についての契約事務の相当部分を自ら担当していたこと、本件各売買契約の納品先は奈良高専であり、本件商品は教職員用のノートブック型パソコンであることなどからすれば、樽本の行為は、被告の事業の執行についてされたものと認めることができる。

2  争点(二)(原告の重過失の有無)について

(一) 前記認定の事実からすると、本件においては、樽本の行為がその職務権限内において適法に行われたものでないことを原告が知らないで本件売買契約を締結したことについて原告に重大な過失があるものと認められる。

すなわち、前記認定の事実から、次の各点を指摘することができる。

(1)  本件各売買契約は国との契約であり、原則として一般競争入札によらなければならず、随意契約によることができないことが法定されている。

本件各売買契約は総額二三三〇万円にも及ぶ高額の契約であり、会計法及び予決令上、一般競争入札によらなければならないものであることが明らかである。

樽本の提案により、本件各売買契約では、取引を小分けにして注文書・請求書が作成されたが、いずれも一六〇万円を超える購入価格になっており、右各書類を基準にしても、会計法及び予決令上は一般競争入札が原則である。

(2)  原告にとっても、本件各売買契約はかなり高額の契約であるところ、原告は、奈良高専が新規の取引先であるばかりでなく、それまでに国の機関と契約をしたことがなかった。

国の機関との契約が、通常の取引と比べてその手続等において厳格な制約を伴うものであることは一般に理解されているところである。現に原告の担当者岡田は、国との契約であることから本件各売買契約の取引方法について経験のある人間からのアドバイスが必要であると考えていた。

(3)  ところが、樽本は、本件では本来なら随意契約ができないが、目的物の価額が二〇〇万円以下であれば随意契約ができるとして契約書類を分割することを原告に提案し、原告もそれを受け入れたものであり、原告は、本件各売買契約が法の定めに反した手続によって行われることを認識していた。

(4)  また、用度係員が実際の契約事務を担当するとしても、単なる用度係員に国の機関の物品購入について最終的な対外的な権限が与えられていないことは、一般の会社等においても、契約事務を担当する従業員にすべて対外的な権限が与えられているものではないことから、容易に理解できるところである。

ところが、原告の担当者は、樽本が、奈良高専の用度係員であることは当初から認識していたにもかかわらず、原告は、樽本としか交渉しておらず、上司の紹介も受けていない。なお、原告は、右のように本件各売買契約が法の定めに反した手続によって行われることを認識していたのであるから、たんなる用度係員だけではなく上司の了解があることを確認する必要があったはずである。

(5)  原告は、樽本から学校印が押印してある手書きの発注書のファックスを受領している。手書きの発注書は異様であり、その上、これに学校印が押印してあるのは不自然な体裁の文書である。発注者も「会計課用度係 担当樽本」と記載されているにすぎず、この時点で樽本の行動に不審の念を抱くのが通常の対応であろう。

さすがに原告は、手書きの発注書では受注できないとして、原告が使用する発注書に記入するよう樽本に依頼している。ところが、これに応じて樽本から再度ファックスされた注文書は、学校印は押印してあるものの用度係員にすぎない樽本を注文者の責任者とする内容であり、通常、対外的権限の与えられている係長等の名前は記載されていない。

原告が、樽本から本件各契約の契約ごとに分割した注文書に至っては、注文者の責任者として樽本を記載した上、樽本の個人印を押印しただけの書面であり、体裁からは原告と樽本個人との間の注文書にすぎないとも言える。

原告は、本件商品の納入についても、責任者として樽本を記載した検収書に樽本の個人印を押印してもらっただけであるから、原告は、本件に関して、樽本以外の奈良高専の関係者の名前が記載された書類は一切受け取っていないことになる。

(6)  原告は、奈良高専がインストールセットアップと保守サポートを行う業者と既に契約を交わしていると認識していたが、樽本の指示で本件商品を日本電気株式会社から納入させた場所は、校舎から離れた倉庫であって校舎内ではなかった。また、納入に当たっても、右のとおり、原告は樽本個人から検収印をもらったのであり、結局、原告担当者は本件各売買契約の交渉から納入に至るまで、樽本以外の奈良高専の関係者と接触すらしていない。

(二) 以上のとおり、原告は、国の機関である奈良高専と契約をするからには、契約締結に当たって何か法令上の制限があるだろうということは当然予想すべきことであるのに、原告はそのような制限を確認することを怠っており、専ら樽本の説明を信じて本件各売買契約の交渉をしており、その上、手書きの注文書や、校舎から離れた倉庫への納入など、不審な事実があったにもかかわらず、原告は樽本以外の奈良高専の関係者に確認することを一切していない。そればかりか、前記認定のとおり、原告は、入金予定日である平成一〇年一月末日を経過しても同年六月一一日まで奈良高専会計課用度係長と接触しておらず、本件各売買契約が樽本の職務権限外の行為であったことを原告の担当者が知らなかったとすることについても疑念が残るところではあるが、少なくとも、本件各売買契約当時において、本件各売買契約が樽本の私利を図るために職務権限外で行われたものであることにつき、原告は少しの注意を払えば容易に知ることができたものといえるから、原告は、取引上の保護に値しない者であって、本件各売買契約が職務権限外で行われたものであることを知らなかったことにつき重大な過失があるものと認められる。

なお、原告は、国の機関である阪大病院と従前取引していた川本産業から本件取引の紹介を受けたこと、川本産業の高田に問い合わせたところ、取引を小分けにして入札の方法を回避することもあり得るとの説明を受けたことから、原告に重大な過失がなかったと主張するが、川本産業が阪大病院と締結していた契約の金額はせいぜい三〇万円程度であったのであり、川本産業の取引の経験を総額二三〇〇万円以上にも及ぶ本件各売買契約の参考にするのはもともと不適当であるから、川本産業の高田に説明を受けたからといって、原告が注意義務を尽くしたとはいえない。

3  そうすると、樽本の行為は被告の事業の執行についてなされたものであるが、原告には樽本の行為が職務権限外の行為であったことを知らなかったことについて重大な過失があるため、被告は樽本の不法行為について使用者責任を負わない。

第四結論

よって、原告の主位的請求と予備的請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 吉川愼一 裁判官 倉地康弘 裁判官 上村考由)

別紙<省略>

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